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Green9-ninjya

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:2007:07/05/09:25  ++  MACを愛して15年

私が初めてパソコンを買ったのが15年前。
グラフィックデザインをしていたのでMACを約40万で購入。
HDは1G・メモリーは64Mの世界だった。

現在がHD300Gx2・メモリーが2Gだから約300倍というところ。
メガ(100万)がギガ(10億)になりその上がテラ(1兆)だから、
10年後はテラの世界と思うが、たぶんもっと上でハードディスクは使ってないと思う。
今のPCのボトルネックがハードディスクだから、他のモノに変わっているだろう。

たま~に古いMACを立ち上げてみる。
懐かしい軌道音と古いバージョンのアプリケーションが意外に軽快だ。

古いMACを捨てられなくて
カラクラ・SEなど頂いたモノや
歴代のMACが会社の倉庫に一台ずつ保存してある。
捨てる前のMACのメモリーやHDを1台に集め使っていたのを思い出す。

10年後のPCはどうなっているのか?
興味とともに、不安もついてくる。

頭と体がついて行けるのか?

否、口で言えば全てPCがやってくれる、バラ色の人生を想像し楽しむことにする(^ヘ^)v

でも、MAC OSは使っていたいな~

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:2007:07/04/09:45  ++  久間の『しょうがない』は僕の口癖、ではすまない。

ビデオで見たが、あれは首相でも庇いきれない。
アメリカに気を遣っての発言かもしれないが、
長崎出身の閣僚が決して発言してはならない言葉だ。

よく、現役の議員からアメリカ擁護の発言が出てくるが、
終戦の決断が出来なかった、当時の軍部に対するものはない。

何かを始めると言うことは、どういう風に終わらせるかも指導者の頭には必要なことだ。
『一億玉砕』や沖縄まで続いた『集団自決』、決して投降を許さない雰囲気は、
いかに安部首相が、確たる証拠はないと言っても通じることではない。

指導者が、皇軍や皇民を玉砕させる。
天皇は誰が支え守るのか?

何故、開戦を止められなかったのか?
何故、もっと早く終戦させられなかったのか?
何故、そのことを政府が研究・検証しないのか?

これでは、戦後はこないし、
『二度と過ちは繰り返しませんから』も空虚だ。

広島では、ガチガチの自民党支持層のお年寄りが、
「ありゃ、ひどいわ。被爆した時の事を思い出す。」と涙ぐみ、
自民系議員が収拾に走り回る。

7/8に選挙があれば自民党は大敗するだろう…

ここまで書いたら、久間防衛相辞任のニュースが流れてきた。
遅すぎる!
しかも反省もない!

安部首相が庇い
続投を発表した後の辞任。

首相の任命権者としての責任は重い。

:2007:07/03/12:52  ++  ミートホープ名前の由来

コンプライアンス(法令遵守。特に、企業がルールに従って公正・公平に業務を遂行すること。)
特に2~3年前から良く聞くようになったけど、残念ながら出来ない企業が多く出てきている。
バブル崩壊後の不況で、何をしても良いから生き残る事が許されて来たのだろうか?

不二家は再開できたがコムソンやミートホープは市場から消えて行く。
只、問題なのは消えて行くのではなく、会社を売却することにあると思う。
売却代金は従業員や賠償等に向けられるべきで、一部の創業者や幹部の懐に入るのでは意味がない。
コンプライアンスに沿った始末をして欲しいと思う。

ちなみに社名の「ミートホープ」とは
混ぜたけど牛だったらいいな~
偽装肉がバレなければいいな~
からきているらしい(-_-)

:2007:07/01/10:47  ++  がんばれモー娘!

引退続きで話題に上るモー娘。
一時代を築き上げ
一世を風靡し
多くのファンを楽しませた。

娘達も
スピードとモー娘派に分かれ
親はコンサートの手配でファンクラブに入ったり
あの会場に入りながら
大変だった…

熱狂した娘も成人し
懐かしい思い出となったが

頑張れモー娘!
もう一度エールを送ります。

:2007:06/29/13:27  ++  右往左往-2

「リーチ」の店主、西岡利一さんは清水公照さんと同年配。
絵が好きで、将来家督を継ぐ約束でフランス留学したが、体を壊して帰国。
入院中に看護婦さんと恋仲になり、僅かな身の回りものと本を持って駆け落ち。
働こうとしたが「お坊ちゃま」育ちで続かない。
しかたなく、持ってた本を売り始めたのが古本屋の始めと聞いた。

本の装丁に詳しく、表紙に錦や古代布を使っては職人を泣かせた。
本の印行の印判も、消しゴムを削って手作りしたり、
本紙に特殊な和紙を探して使ったり、
三年間で装丁のことをさんざん勉強させられた。

味のある書は公照さんとも通じ、墨の4色刷りなどもやらされた。
絵描きとしても気心が合うのか、二人の長話につきあわされたが、
この三年間に、
お二人に教わったこと、
諦めないこと、
断らないことが
現在の私を形作っていると思う。

色んな紙を見せられた。
色んな墨を擦らされた。
色んな絵の具の匂いを嗅いだ。

今では到底出来ない貴重な体験をし、財産となった…

私の知ってる限りでは、「恋仲」「僅かな身の回りもの」「駆け落ち」の言葉が似合う唯一の方でしたねぇ~

今で言えば「ライトノベル」の走りと言ってもいいこれら画帳10巻も
「愚」「にほん」「桃紅李白」「右往左往」を残してあげてしまった。

10巻そろってれば大変なお宝だったろうにね(^。^)